2025年7月2日水曜日

魔王の一突き

6月末に保護者懇談会が終わった。懇談には母親が来ることが多い。母親からのお話から父親の存在がきになる。一般に子どもと接するときに言葉が少ない父親が多いようだ。テストの点数がよくないとき「こんなんじゃだめだ。もっと勉強しろ。」「勉強せんのなら、働け。」というようなセリフを言いたくなる。息子や娘の将来が気がかりなのは当然で、今のままではよくない。学習量が足りないからもっと頑張ってほしい、というのは多くの親が感じている。テストの点数だけを聞いて、ムスッとした顔をして一言いう。あるいは、睨んで怒鳴る。「魔王の一突き」である。瞬間、子どもは周りの世界から隔絶され、真っ暗な孤独の世界に放り込まれ、しばらく放心状態になる。これが繰り返されると。「物言わぬ反発」が始まる。父と会話をしたがらなくなる。黙って話を聞いていても怒りに満ちた心の中に、話の内容はしみ込む隙間もない。これは長く続く。子どもが社会人になっても続く場合も多々ある。国に貢献し、子孫を反映させ、親の墓に心から手を合わせてくれる子と、幼いころから断絶してどうするというのだ。「この子は親に感謝がない。」「すぐに反抗する」とむかつく前に、無理にでも笑顔を作り10分もかけなくていいので、試験問題を持ってこさせて、ちらっと見て、嘘でもいいから「俺のころはもっと簡単だったかも。結構むずいな、頑張れ。」くらい言ってください。子ども忖度できない。親子の平和で歩み寄るのは100%父の方である。

2025年6月10日火曜日

郵便物の配達遅延が始まる?

 全国の郵便局で運転手の点呼が不適切に行われていたとして、国土交通省は日本郵便に対する一般貨物自動車運送事業の許可を取り消した。同社のトラックなど約2500台は5年間、動かせなくなる。これにより該当車両は5年間事業用に使用できなった。その後、配達の主力である軽バン(軽貨物車両)についても特別監査が実施された。全国約2,400局が対象となり、10月から約1,800局で車両の使用停止処分が順次下される。一体、日本郵便は何をしたのか。①健康状態の未確認=対面で疲労や病気、睡眠不足がないかを運行管理者(講習を受けている者が選任される)が確認する。②アルコール検知器を使用して酒気帯びの確認 ③車両に異常がないかの日常点検を確認、これらを怠ったっていた。改ざんまでしていた。完全な法令違反である。こういう不正が明るみに出ると、「一体いつから?」「誰も気かなかったの?」と不思議に思う。郵便局員A「本当は点呼いるよね。アルコール検知、異常なしって、検知器使わなくてもいいのかぁ。」郵便局員B「いいみたいだよ。形式的だから。酒飲んでくる奴なんていないしね。」こんなことが続き、誰も何も言わなくなって、やおら国が動く。「法律(法令)なめんじゃない。」ってとこだ。法律に違反すると必ずいつかやられる。しかし、ここまで法令違反が広がる前に国は本当に知らなかったのか。日本郵便の管理者はいずれ国が動くとわかっていて、なぜ改善に着手しなかったのか。法令違反を長年放置していた郵便事業の問題は大きい。国も法令違反の実態をまったく知らなかったとは想像しにくい。車両の使用停止処分で配送が遅延し、国民に迷惑がかかるのを国も郵便事業避けられなかったのは理解に苦しむ。


2025年5月14日水曜日

立川の小学校不審者事件

犠牲者8人を出した『池田小学校事件』が頭をかすめた。この度は東京都立川市立第三小学校で男2人が校内に侵入し、教員や校長など5人を殴るなどの暴行を加えて重軽傷を負わせる事件が発生した。現場の先生方は組織的に対応して子どもたちの命が守られた。ケガをした先生方には心よりお見舞い申し上げますが、負傷と名誉をくっつける古めかしいが「名誉の負傷」だろう。負傷しないのが一番だが、相手が狂気の沙汰で子どもの命を守る義務を負う教師が危険を顧みず必死に戦って負傷すればやはり名誉だと思う。新聞もテレビももっと、もっと先生方を褒めよう。もちろん先生方は子どもたちにケガがなかったことに心から安堵されていること思います。

いろいろな人たちが、口々に、この事件で改めて浮かび上がった日本の学校の「警備の甘さ」を指摘する。しかし、広い敷地に広い校舎、先生や生徒、業者の方たちなど多くの方が出入りする学校で警備の甘さを指摘して、早々解決策が出てくるはずもない。鉄条網を張り巡らせ、朝の登校時間が終われば出入り口を一か所だけに絞って、何名もの屈強な警備員を常時配置するのか。非現実的である。やはり、教職員が対応するしかない。先生方は暴行を受けながらも警察が来るまで「さすまた」で応戦したそうだ。勇気ある行動だ。志向館の寺町校は3つの塾舎が同じ敷地内にある。ずいぶん風通しがよく、誰でもどこからでもはいれる。そうだ。私たちも「さすまた」を買おう。生徒を命がけで守れるのは現場で働く私たち以外に誰がいようか。名誉あることだと思う。

2025年4月25日金曜日

あきらめ

 長く続けてきた映像授業だが、いよいよ、令和5年末で契約更新はあきらめた。私たちが採用した映像授業は全国No1の知名度のものだ。しかし、それだけに重たいものでもある。ただ生徒に画像を見せればいいというものではない。配信側は毎週のウエブ会議を要求してくる。週3。1回30分。年間150回。研修会は年に3~4回市内にて県外にて2回。映像専用のスタッフが必要だったが、兼務で賄った。5年ほどたつと契約更新時に100万を超えるお金がかかる。志向館は全科目に常勤スタッフがいるが、事務の常勤スタッフは1名だけ。2教室で平均で毎月300名を超える生徒数を管理するには事務スタッフがたりない。事務スタッフを増やすほど収益に余裕がない。そうなると専任の教務スタッフが事務仕事をこなすことになる。学校の先生だってかなりの事務仕事をしておられるはずで、私たちとて、できないわけではないし、現にやっている。今の映像授業画像をあきらめたのは、映像に出てくる先生方までアピールできなかったというのが現実だ。映像授業がなくても経営できているのなら、なぜ?という疑問がわくはずだ。それは、ひとえに良いものを生徒に与えたかっただけだ。画像の一流の先生たちは授業準備にかなりの時間をかける。集中して聞いていれば効果は大きい。これから、映像を導入するなら、うちではスタッフの負担が少なく、利用者の方にもお金の負担が少ない映像授業がいいと思う。


2025年3月10日月曜日

商品券配り

石破茂首相が自民党の新人議員15人に110万円の商品券を渡した問題は、「商品券を配られた複数の新人議員が、周囲のベテラン議員などにその事実を漏らしたこと」が発端となり、党内に噂が広まってメディアのスクープ(朝日新聞など)へと繋がったそうです。

1年生議員ら15人に対して110万円の商品券を配布。政治資金規正法に抵触する可能性が言われる。石破首相は14日付で陳謝。ねぎらいが目的であり、政治的な意図はないと説明。原資もポケットマネーであり、政治資金ではないと違法性を否定したとのこと。

野党の方の反応を挙げておくと、公明党の塩田博昭氏「政治改革を進めているさなかだ。法的な責任の有無ではなく、もっと庶民感覚を持った政治を貫いてもらいたい」立民の森本真治氏「ポケットマネーで150万円は信じがたい」日本維新の会の柳ケ瀬裕文氏「政治とカネ問題に対する誠実な対応の前提を根本から揺るがす」といったところです。

日本では有力な政治家が「子飼い」の若手議員に対し、選挙資金や活動費の名目で現金(いわゆる「餅代」や「氷代」)を配る慣習は、日本の政界(特に自民党などの派閥政治)において長く続いてきた仕組みです。例えば「餅代」なら12月の初めに、有力議員の秘書から、若手議員に電話がかかり「〇〇君、今年は応援してくれてありがとうございます。先生が同志諸君の労をねぎらいたいとおっしゃっておられます。」と、行けば宴の支度があり、「年越しの餅代だ。少ないが取っておきたまえ。」と現金が渡される。昨今は政治と金の問題がクローズアップされ、控えめになってきたそうだが、こっそり続いていても不思議はないでしょう。石破氏の10万円がスクープになったのは、あうんの呼吸の人間関係も作らぬまま、新人にいきなり餅代ぽいもの渡すから、不気味に思われ、マスコミにかぎつけられたというところだと思います。今回のスクープで、氏がなかなか首相になれなかったのも納得しました。しっかりした人間関係があれば漏れることのない餅代。「10万円も!」というより、たった「10万円」が不気味なお金に思えて暴露する若手議員の動きを読めなかった石破氏の人間関係の希薄さにちょっとあきれますね。  

2025年2月14日金曜日

食管法時代に戻せば?

 農林水産省は14日、政府備蓄米21万トンを大手集荷業者を対象に放出すると発表した。初回は15万トンを放出し、3月初めに入札を始める。放出された備蓄米が卸売業者を経てスーパーなどの店頭に並ぶのは3月下旬以降になる見通しで、昨夏から高騰が続くコメ価格が値下がりに転じるかが焦点となるそうだ。
 江藤農相は記者会見で「流通が滞っている状況を何としても改善したいという強い決意の数字だ」と説明した。今後必要があればさらに数量を拡大することも考えているとした。
石破首相は14日の衆院本会議で、備蓄米の放出について「コメ流通の目詰まりが解消し、上昇した価格が落ち着くことを期待している」と述べた。
 政府は原則、1年以内に同等・同量の国産米を政府が買い戻す予定だが、25年産米の作況が見通せないためだ。今回の放出では農水省と落札した集荷業者が協議の上で買い戻し期限を延長できることにしたそうだ。
 そもそもコメは1995年まで一元集荷体制で政府が国に売らなければならない物だった。国は農家から高く買い取り、消費者に安く売る価格の二重統制だった。コメの消費量は1960年代から半減していることもあって、自主流通米の制度で、コメ価格に市場原理が導入され、コメの価格が品質や収穫高で大きく左右されるようになった。
 天候はもちろん肥料などの生産コストさらに大量仕入れ業者の思惑などコメの価格にはいろんな要素がある。そのため、備蓄米の「放出、買い戻し」で市場の調整を行う方式もその場しのぎが今後も効果的かどうか疑問である。コメでも麦でも豆でもいい。食料品に対する国の関与は重要だ。極論だが、政府に対する国民の信頼感の根源に国防と食料確保がある。どんなことがあっても他国に侵略されない。そして糖質とタンパク質が確保されているという気持ちが安心感というものではないか。せめてコメだけでも「食管法」時代に戻して、不安の元を一つでも解消してみてはどうか。
備蓄米:不作などに備えて政府が一定量のコメを保管するもので、1993年産米の歴史的な凶作による「平成の米騒動」をきっかけに95年制度化された。100万トン程度を備蓄水準としている。

2025年1月22日水曜日

無期懲役

 

昨年10月、北海道江別市の公園内で無抵抗の男子大学生を集団暴行して死亡させたほか、男子大学生の金品を盗んでいた。亡くなった男子大学生の交際相手やその知人ら6人とも強盗致死罪で今月15日起訴された。主犯の女子2名は大学生で成人だが残りは4人は16歳から18歳である。数百の殴られた傷があり、膜下出血、硬膜下出血、腰椎の骨折など、いわゆる殴り殺された集団暴行だ。さらに奪った所持品、カードで加害者たちは食事をしていた。いずれも札幌家裁が検察官送致(逆送)としていた。

検察官送致とは犯罪の内容が家庭裁判所で保護処分(将来ある若者なので)とするような、寛大な対応ではなく刑事事件として起訴する決定になったことを検察官送致という。

 この子たちは人を殺してその人の金品を奪う行為がどれほど重い罪か知らなかったのだろう。なんでもありの無知な若者である。社会をなめている。強盗殺人は一発、死刑か無期懲役である。成人に達している一人が別れ話(被害者男性からの)に腹を立てて実行に及んだそうだ。すぐに出身大学を調べるとボーダーフリー、スポーツ中心の大学で就職がよくないというのが地元の口コミだ。

この子たちを止める大人はいなかったのか?犯罪は本人の問題だが社会がそれを止めることができる。親、兄弟、友人それこそ警察。この子たちは町でも目立った「ワル」だったらしい。町の人たちは、いずれ何かするんではと思っていたらしい。警察は犯罪に該当しないと動かない。どこかの教育機関に属しているはずだし、町中がこの子たちを見て見ぬふりをしていたのか。誰か被害者の味方はいなかったのか。

2024年12月28日土曜日

ふてほど

 

「不適切」を短縮した「ふてほど」が流行語大賞に選ばれた。「不適切」という表現は「アウト」とは違い、使いやすい無難な表現だと思う。ホームベースに全力で突っ込んでタッチ「アウト」か「セーフ」というより、不適切さの程度を「かなり」「わりと」「少々」などバリエーションで表現できる。

TBS系の「コメディーSF」「ユーモアSF」などという範疇のドラマだった。阿部サダヲは相変わらずの早口と格好つけない素朴さ、ちょっとエッチで歯に衣着せぬ物言いが日本の中年?っぽく感じてしまう。昭和の世にタイムスリップし、当時の自分や仲間たちの過去の姿に遭遇する。昭和生まれの私にとっては懐かしさを感じる場面も多々あった。番組の中で一番強調されていたのが、言葉とファッションだ。放送では禁止されている言葉は「××(ちょめちょめ)しよう」とか「男のくせに」など今ではパワハラやセクハラになる表現は当時たり前。女子高生のヘアースタイルは「ボブカット」「聖子ちゃんカット」、レトロな感じ。懐かしくも気恥しくもある。

昭和は、「人間臭さ」「人との温度」が残る一方で、小学校のころから「リーダー教育」がはっきりしていて、学力が高くて責任感がある生徒を他の生徒の模範として、先生が特別扱いした時代でもあった。みんなから一目置かれる存在がいて、その子を見て自分の行動を決めるといえば、やや大げさですが、良いことと、良くいないことが単純で、はっきりしていて、意図してリーダーの真似をしないまでもそっちの方に、気が付けば自然に、じわ~と寄っていく。そんな教育の結果に気づき「自分はなんなんだろう」「人間ってなんなんだろう」と叫ぶ半面、それも面倒で「しらけ」を掲げる者。しかし、理想と現実のギャップに苦しみながらも、結構若者は生きようとしていた。私の昭和時代の高校のクラスでは引きこもったり、登校できない生徒はいなかった。不適切なことをずけずけ言って、お互い傷つけ、強くなっていったのかもしれません。

2024年11月25日月曜日

人権がない

K-POPアイドルグループのニュージーンズは昨年、韓国の女性アイドルグループのアルバム売り上げ枚数で1位となったグループだ。世界中に数千万ものファンがいる。今月21日、韓国政府によると、彼女たちは労働者ではない?という。韓国の雇用労働部は、グループのメンバーが職場でハラスメント(いやがらせ)を受けたという主張を退けた。

政府も彼女たちは雇用所得税(従業員)ではなく、事業所得税(個人事業主の税)を支払っているとしているとしている。それで彼女たちは「信じられないほど長時間、時には週7日で何カ月も休みなく働き続ける」と話す。正規従業員でもなく、労働組合もなく、人権を擁護する政府機関もないのだ。

ソウルにある法律事務所では「労働者と見なされるためには、労働基準法の基準を満たさなければならない。歌手を含む著名人は通常、独立契約者として分類されるため基準法は適応されない」と説明している。

日本ではどうかというと基本は韓国に近く、個人事業主で健康保険などは個人加入で国民健康保険。退職金なども用意されない。しかし、売れてくると事務所が大切にするので、長くいることを前提に退職金なども準備をする。また、フリーランス保護法が近年整備されているので、実態が従業員とみなされ、労働法の適応があると考えるべきである。つまり、いざとなって訴えると国が保護してくれるし、マスコミなども応援してくれる。人権に関してはどうも韓国は日本基準では考えられないほど遅れた面があると思える。例えば、法定労働時間は40時間としているものの、従業員5以下の会社は52時間まで労働が認められるそうだ。5人以下の会社で働く人は390万人いる。就業者は2842万人なので約7.3人に1人である。性差別、マイノリティー差別も多々見られる。似た顔つきで、ソウルに行くと日本と変わらぬ景色がみられますが、人々が抱える、問題は日本よりずっと深刻なようだ。

2024年10月22日火曜日

文学賞


 アジア人女性初の受賞は歴史的な快挙である。1010日にスウェーデン・アカデミーが発表した。韓国人のハン・ガンである。作品はいくつかあるが「菜食主義者」という作品を取り上げてみよう。気味の悪い作品だ。主人公の女の子ヨヘンの父はDV男で、野菜しか食べない娘に腹を立て殴り、無理やり口に肉を押し込んで、精神に大きなダメージを与え病院送りにする。ヨヘンは変な夢を見るようになり、飼い犬が娘を噛んだという理由で父親が犬をバイクの後ろに紐を結んで町内を死ぬまで走らせてから家族みんなで食べるという夢が表現されています。追い打ちをかけるのがヨヘンの夫で、ヨヘンの姉は見た目がよくて、お店の経営者、あこがれの人で自分はヨヘン程度でいいかなと思っている。最終的にヨヘンは異常な行動にでる。動物から植物になろうとして、水以外拒否し裸で日に当たるようになり、木になるため逆立ちをして過ごすようになった。もちろん精神病院にはいる。静かに何者でもなくなり死んでいく。男のDV、美とお金の優位性、夫の浮気。韓国が抱えている様々な問題を奇怪な小説のスタイルで表現したのか。そいえば「パラサイト半地下の家族」も似たところがある。カンヌのアカデミー賞受賞作品だ。うまくいきそうに見えて、結局最後は残虐でむなしい終わり方だった。長女はうまく家庭教師に入った豪邸の地下に隠れ住む家政婦の夫に刺されて死ぬ。最後は父は豪邸の地下で家政婦の夫の代わりにこっそり暮らすようになる。長男はお屋敷を買い取って父を救おうというのだが、住むところがなく、また半地下に住む。元の木阿弥。貧乏から脱出不能。絶望感。両方の作品の主人公は女子だと思う。韓国はまだ男尊女卑が根強くDVも多い国だ。また、自殺者は先進諸国で問題視されるほど多いといわれる日本(1617人/10万人)より韓国(28人/10万人)はずっと多い。それぞれの国が取り組まなければならない課題だが、この小説も映画も出口がない。社会問題を象徴しているのだとすれば悲しくなる。今の社会をよく「描きだしている」という文芸評価はよく聞く。しかし「解決策を示している」という評価をあまり聞かないのは私の情報収集力が足りないからか。

2024年9月29日日曜日

遺恨は続く?

中国広東省の日本人学校に通う10歳男児が登校中に中国人の40代男性に刺されて亡くなった。918日は「柳条湖事件(満州事変)」の日であり、愛国主義教育や歴史認識に基づき、反日感情が特に高まりやすい「国恥日」とされる。やっぱり中国は徹底した反日教育を行っているため、日本人に対する敵意識はすさまじいと思ってしまう。経済ジャーナリストで法政大学MBA兼任教員の浦上早苗氏によると(東洋経済オンライン)1の教科書に日本軍と戦った八路軍の英雄物語が掲載され、「日本軍を追い返したぞ」と喜ぶ人民たちの挿絵が添えられていて、これは手ごわいと思ったそうだ。しかし、現実はそうでもないらしく、抗日ドラマは日本の「時代劇」のようなジャンルとして定着しているだけでなく、コメディありカンフーあり、果ては日本兵と中国人将校の恋愛ありと、史実から完全に離れてエンタメ化しているそうだ。

そして若者は抗日ドラマではなく、日本のアニメやドラマを通じて日本のイメージを形成している。筆者が日本語を教えていた大学では、学生がネットショップで日本の制服風の上下をクラス全員分購入し写真撮影をしていたそうだ。また、日本でアニメや映画の舞台を巡る聖地巡礼が大流行している。中国共産党員になるには申請をしてから2年ほどかかり、学業、思想、活動などで実績が必要となるが、就職に有利だからという打算的な人も大勢いるようで、みんなが皆、共産党Loveとまではいかないらしい。

我が国とアメリカの関係を考えてみると参考になる。戦争をした。お互いに手ひどいことをした。彼らはいまだに真珠湾は覚えているが、アメリカ人の24歳までの人たちは75%が原爆を疑問視しているというデーターもある。日本のアニメはアメリカでも人気だし、アメリカの文化は日本に定着した。日本と中国も似た感じにはなるだろう。但し、時間がかかる。問題は外交関係だろう。中国を好きではないといった人たちの理由のほとんどが尖閣の領有権問題、台湾問題、日本の軍国主義復活の警戒感などである。アメリカは離れているがお隣となるとちょこちょこ、気になるものが見えてくるのもいたしかたないでしょう。とりあえず、「嫌中」動画をYou-tubeのどんどん上げるのをやめよう。

2024年8月27日火曜日

不同意性交

サッカー選手の伊藤純也選手と佐野海舟選手の性加害疑惑が連続してニュースになりました。告訴された選手の側も逆に名誉棄損や虚偽告訴罪で告訴し、戦争状態になるかと思いきや、結局、不起訴処分となって一件落着。日本の法律では2023年の刑法改正で、準強制性交と強制性交をひっくるめて不同意性交罪となっています。これから社会に出る若い方たちにとって他人事ではありません。刑罰も重く拘禁系5年で完全な実刑判決です。執行猶予がつくのは相手と示談が成立している場合に限って、それも絶対ではありません。大学生なら退学。社会人なら解雇でしょう。男性の側として一番怖いのはラブホテルなどに入って同意があるものとして、そういう行為に及んだ後で、実は無理やりだったといわれることです。行為の前に書面を交わすなど、ほとんどないことでしょう。伊藤選手に関しては真相は発表されていませんが、嫌疑不十分で不起訴となっています。ここで、気になるのは女性の側が抵抗もせずラブホテルに入り、不同意といえば不同意性交になる可能性が高いということです。ところが検察の起訴率が33.4%しかありません。実は親告罪(男性が証拠を挙げて嫌疑を晴らさなくてはならない)から非親告罪になったからです。被害者が親告しなくても罪になるなら、オートマチックに不同意性交が成立しそうに思えますが、非親告罪では検察が立証責任(証拠を挙げて不同意性交を証明する)を負います。不同意だったと女性が言うのも簡単、でも、それを証明するのは検察官ということです。密室で行われていることですから、男性の主張も女性の主張も証拠が乏しいのです。
芸能人の方もスポーツ選手もこういう話題が多いようです。脚光を浴びる。つまり、人気がある。注目度が高い。こんな方たちにはいわゆるゴシップがつきものなのでしょう。ゴシップとは興味本位の噂話の事です。でも犯罪に該当する可能性となるとちょっと話は重い。裁判で嫌疑不十分は「無罪」だが不同意性交には「性交」という言葉があり、それが同意か不同意か話題になるだけでも、多感な青少年たちのヒーロー像には「有罪」だろう。ミラクルなシュートを撃った瞬間の輝きは曇る。スポーツの世界や芸能界の人気者は品格があり若い人の手本であってほしい。